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武士と神聖な刀

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 刀と刀とがぶつかったくらいで斬り合いに発展するわけですから、当時の武士にとって日本刀は特別なものでした。それは下級武士よりも上級武士の社会において、より厳格に認められるものでした。上級武士ともなると、重い規律が課され、井戸端会議のような冗談も許されませんでした。平時に走ってはなりませんでしたし、雨宿りするのも禁物でした。つまり雨が降ろうが、ゆっくりと動じることなく歩き続けるのが武士の鑑とされたのです。
 時代劇をよく見る人は誤解しているでしょうが、あれほど斬殺が多かったり、犯罪者が乱暴に扱われたりしたわけではありません。現代に比べて人権意識が足りなかったことは確かですが、下手人を見つけ次第斬って捨てるようなことはありませんでした。縄で捕まえる時の状況も、時代劇のようなぞんざいな扱いではなかったと考えられます。なるべく傷つけないよう配慮したと思われるのです。抜刀は抵抗が激しい時に限り許されたと言われており、無闇に刀を抜いたわけではありません。
 武士にとっての日本刀は特別なものでしたが、特に戦国時代の武将は日本刀を神聖視しました。武器として大切に扱うと共に、権威の象徴として奉ったのです。また美術品としての価値も認めていたため、装飾を施すことにも精を出しました。芸術品である日本刀は自然と神聖視されましたが、同時に実用性を高めることも忘れませんでした。つまり合戦の現場で役に立つ日本刀を造ることが求められたのです。武士は甲冑で身を守るため、その甲冑に斬りつけた時に、刃こぼれが生じるように思われます。しかし現実は違いました。西洋の甲冑のように全身を覆っていたわけではなく、軽量化のための隙間が存在したのです。兵士はその隙間を狙って斬りつけたり、突き刺したりすることで武勲を上げていました。日本刀はこの戦法に向いた武器だったため、より薄く、より細く造られました。それでも壊れない刀を造るのには、刀匠の技術が物を言いました。

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